お産のきろく4

赤ちゃんが産まれて2時間以上経ち、
いよいよへその緒を切る事に。
脈々としていたへその緒は硬く萎んでいた。
しげくんが助産師に促されて切る。
娘もその様子を見ていた。
赤ちゃんと離れた瞬間は長かった赤ちゃんと繋がっていた時間を思うとあっけなく感じた。

布団の上においても赤ちゃんは静かに寝ていた。
その間に、私は会陰の傷の処置をする。
アメリカでは助産師が局所麻酔も使って、縫合もできるらしい。
麻酔を使ったので、縫合の痛みは感じなかったけれど、
麻酔の注射が痛かった。処置の間、Laceyがずっと手を握っていてくれた。

その後、Laceyが赤ちゃんの様子をくまなく確認する。
少し泣いたけれど、優しい声かけでまた静かになる。
体重は3688g。

私はトイレに行って戻るだけで、ほんの数歩なんだけど、
絵に描いたような立ちくらみと息切れあり。ひどい体力の消耗だ。
一人目の出産より、陣痛の時間も短かったし、
そんなに疲れている気がしていなかったのに…。

助産師と次のアポイントの確認をして、深夜2時半ごろに二人は帰っていった。
お布団を一式追加して、産まれたばかりの赤ちゃんと4人で並んで就寝。
娘はまだ興奮さめやらぬか、絵本を読んでもすぐには寝なかった。
翌朝は、ずいぶん明るくなってからみんな起きる。
太陽の日差しがブラインドの隙間から入り込む、美しくて、嬉しい朝。

自宅出産を選んでよかった。
ここ海外での出産は夫しか頼れる人がいないし、
検診から出産準備まで、一人では出来なかったと思う。

幸い、私たちは家族で楽しみながら準備できたし、
なにより毎回の検診を夫と娘も一緒に受けられたことが本当に幸せだった。
住み慣れた家で産むことができて、何のストレスも不安も感じなかった。
娘にも赤ちゃんが家族に加わることが自然なこととして受け入れてもらえたんじゃないかと思う。アメリカでの出産、あきらめずに自分のやりたいことを求められて本当に良かった。

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お産のきろく3

へその緒がつながったまま抱っこした。
娘のときより小さく感じた。
腕の中でお腹の中にいた時のような格好でまるっこくなって、
そのまますやすや眠っているようだった。
赤ちゃんの肌は抱っこしていると熱く感じた。
つるつるしていてふにゃふにゃのようでどっしりしていた。

赤ちゃんにタオルをかけて、ときどきお湯を掛けながら
体が冷えないようにしていた。

すぐよこに布団は敷いてあるけれど、
立ち上がっての移動は大変なように感じた。
それでもだんだんお湯も冷めてくるので、両脇を抱えてもらって、
慎重に移動した。

布団に移動して、すぐ後産があった。
力を入れるとするっと出てきた。
胎盤をボールに入れて、私と赤ちゃんが寝ている横におく。
まだへその緒は繋がっている。
そのまま2時間ほど、布団に横になっていた。

赤ちゃんの口をおっぱいの近くにやってみる。
少しの間、おっぱいを吸っているようだったけれど、
そのうちぐうぐう寝てしまった。

私は何か口にするようにDebbieが勧めてくれて、
昼間買っておいたぶどうとすいかを用意してもらった。
一口ごとに体にしみわたるようだった。
DebbieとLaceyにも母がコーヒーを入れ、
昼間焼いたスコーンを付けて出した。
彼女たちはてきぱきと後片付けをしたり、
iPadでなにかを記録していたり、
静かで穏やかな時間が流れた。

一階ではしげくんが娘を見ている。
12時を過ぎ、もうずいぶん眠いと思うけれどまだ起きていて、
ぐずぐずする声が聞こえてきた。
娘にとってもハードな一日になった。

お産のきろく2

どのタイミングでお湯につかろうか。
検診のときに助産師に聞いてみても「いつでもいいわよ」、
という感じだったので、そのときになってでいいかと思っていた。

陣痛の波が大きくなってきて、
これ以上強くなると動けなくなりそうだったので、
お湯につかろうと決めて、入る前にトイレにいった。

お湯につかった瞬間、陣痛の痛みが消えた。
それから2回だったか、3回だったか、陣痛の波はうそのように軽くて、
このまま陣痛が遠のいたりしない?と心配して聞いたほど。
この間に随分体を休められた気がする。
そのあとの波はすごかった。

Laceyが骨盤を両側から押さえてくれると痛みが和らいだ。
しげくんにも押さえる場所を教えてくれて、
陣痛の波がくるとプールの両側から二人で押さえてくれた。

深く呼吸をすることに意識していたつもりだったけれど、
あまりの痛みでそれを忘れるほど。
今まで出した事の無いような声を出した。
少しだけいきむと痛みが逃れるようだった。
それでも陣痛の合間には、誕生日は30日かな、31日かな、なんて
話す余裕もあった。そのときで11時頃だった。

娘は母と1階と2階を行ったり来たりしていた。
陣痛が強まる中、あぁこの子もいるんだから大丈夫だ、と思った。
だんだん娘の顔がこわばってきているようだったけれど、
私の腕をしっかりつかんでいた。
近くにいてくれて心強かった。

だんだんと陣痛の痛みがいきみたいような感じに変わってきて、
助産師はあなたの好きにしていいというし、
流れにまかせようと思った。
体のなかから出てくるものを感じ、
押さえきれなくなって、2、3回力が入ったと思ったら、
熱いものがぬるんと出てきた。
Debbieが赤ちゃんをすぐに私のおなかの上においた。
赤ちゃんは腕の中で2度、おぎゃーおぎゃーと泣いたかと思うと、
そのあとすぐ静かになった。

11時38分だった。

お産のきろく1

5月30日、三連休最後の日。
あしたからしげくんはまた仕事だなあと寂しく感じていたこの日は、
午前中から娘と三人で近所の公園に出掛ける。

予定日は5月29日だった。
一週間ぐらい前から時々陣痛のようなものを感じるときがあったけれど、
待ち焦がれての想像陣痛のような気もしていた。
最終月経からいう予定日は6月7日だったので、
アメリカにきてからの病院検診で一週間以上予定日が早まって、
ちょっと半信半疑だった。

それでも予定日頃から、おもたい痛みを頻繁に感じるようになり、
そろそろ近づいてるなあという感じもあった。

公園からの帰り、すいかとぶどうを買って帰る。
陣痛の最中や出産後、口にするといいよとDebbie(助産師)から聞いていた。

娘の昼寝の間に、おやつのスコーンを焼いて、晩ご飯の準備をして、
起きてからみんなで餃子の皮を包んだ。
動いていると早くぽんちゃんに会えるんじゃないかと思って、
何かとやりたいことやって動いていた。
連休で毎晩ビールを飲んでいたしげくんもこの日はやめておくって飲まなかった。餃子なのに。

19時頃、さあご飯を食べようかというとき、また痛みを感じて、
座っていても続くし、一応間隔みておこうかということになった。
痛みの間隔は10分を切っていた。ゆっくりご飯を食べて、これ本当に陣痛だったら、助産師さんたち来るのにみんなニンニク臭いね、なんて笑いながら。

20時半過ぎ、念のためにと思ってシャワーを浴びていても
陣痛の波がくる。これは本当に産まれるかもと思うようになった。
そのときでまっすぐ立っているのは辛い状況。
寝室はベットはなく布団を敷いただけなので、
膝を立てて前屈みの格好ができるように椅子を買っておいたのだけど、
これが本当に役立った。
しげくんは水中出産用のプールを準備したり、
タオルや必要なものを2階の寝室に揃えてくれている。

21時過ぎ、助産師のDebbieとLacey到着。
この頃には腰を擦ってもらわないと辛いくらいの痛み。
陣痛の間隔は3分から5分ぐらいだった。