お産のきろく2

どのタイミングでお湯につかろうか。
検診のときに助産師に聞いてみても「いつでもいいわよ」、
という感じだったので、そのときになってでいいかと思っていた。

陣痛の波が大きくなってきて、
これ以上強くなると動けなくなりそうだったので、
お湯につかろうと決めて、入る前にトイレにいった。

お湯につかった瞬間、陣痛の痛みが消えた。
それから2回だったか、3回だったか、陣痛の波はうそのように軽くて、
このまま陣痛が遠のいたりしない?と心配して聞いたほど。
この間に随分体を休められた気がする。
そのあとの波はすごかった。

Laceyが骨盤を両側から押さえてくれると痛みが和らいだ。
しげくんにも押さえる場所を教えてくれて、
陣痛の波がくるとプールの両側から二人で押さえてくれた。

深く呼吸をすることに意識していたつもりだったけれど、
あまりの痛みでそれを忘れるほど。
今まで出した事の無いような声を出した。
少しだけいきむと痛みが逃れるようだった。
それでも陣痛の合間には、誕生日は30日かな、31日かな、なんて
話す余裕もあった。そのときで11時頃だった。

娘は母と1階と2階を行ったり来たりしていた。
陣痛が強まる中、あぁこの子もいるんだから大丈夫だ、と思った。
だんだん娘の顔がこわばってきているようだったけれど、
私の腕をしっかりつかんでいた。
近くにいてくれて心強かった。

だんだんと陣痛の痛みがいきみたいような感じに変わってきて、
助産師はあなたの好きにしていいというし、
流れにまかせようと思った。
体のなかから出てくるものを感じ、
押さえきれなくなって、2、3回力が入ったと思ったら、
熱いものがぬるんと出てきた。
Debbieが赤ちゃんをすぐに私のおなかの上においた。
赤ちゃんは腕の中で2度、おぎゃーおぎゃーと泣いたかと思うと、
そのあとすぐ静かになった。

11時38分だった。

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もっと子どもに近づきたい

母と娘と、5月末に産まれた息子と過ごした濃厚な一か月。

産後のサポートに限らず、母を見て学んだことが本当に多かった一ヶ月。

3歳になった娘に、どうしてもイライラしてしまうときがある。
晩ご飯を食べてからのお風呂、そのあとの歯磨き、そしてなかなか寝ないあたりなんか特に。この時間帯って他のうちではどうしてるのかなと話を聞いたり、相談したりはできてもなかなか共有できる時間ではないし、共有できてもそれは非日常な現実。

ここ最近は、かんしゃくを起こした娘に、言うことを全く聞かない娘に、
きつく当たってしまう毎日だった。

母は、娘がなにをしてもほとんど怒らないし、
(叱るときはある、でもすぐ笑っている)
イライラすることもない。
たまにはあるだろうけど私のように感情のままに怒ったりしない。
かんしゃくを起こした娘への、とっさの機転のすばらしいこと。
3歳の娘がどうすれば喜ぶのかよく知っている。
子どもってそんなもんよ、という母の一言。
孫ってそんなもんなのかもしれないけれど。

私は、イライラの沸点がかなり低くなっていた。
気がついたら大人の目線でしか、子どもをとらえられていなかった。
それに気づいただけでも、本当良かった。

確かに大人のいうことは聞かないのだけど、
それでいいし、どこまでも自由で天真爛漫な娘。
私ももっと子どもに近づきたい。

お産のきろく1

5月30日、三連休最後の日。
あしたからしげくんはまた仕事だなあと寂しく感じていたこの日は、
午前中から娘と三人で近所の公園に出掛ける。

予定日は5月29日だった。
一週間ぐらい前から時々陣痛のようなものを感じるときがあったけれど、
待ち焦がれての想像陣痛のような気もしていた。
最終月経からいう予定日は6月7日だったので、
アメリカにきてからの病院検診で一週間以上予定日が早まって、
ちょっと半信半疑だった。

それでも予定日頃から、おもたい痛みを頻繁に感じるようになり、
そろそろ近づいてるなあという感じもあった。

公園からの帰り、すいかとぶどうを買って帰る。
陣痛の最中や出産後、口にするといいよとDebbie(助産師)から聞いていた。

娘の昼寝の間に、おやつのスコーンを焼いて、晩ご飯の準備をして、
起きてからみんなで餃子の皮を包んだ。
動いていると早くぽんちゃんに会えるんじゃないかと思って、
何かとやりたいことやって動いていた。
連休で毎晩ビールを飲んでいたしげくんもこの日はやめておくって飲まなかった。餃子なのに。

19時頃、さあご飯を食べようかというとき、また痛みを感じて、
座っていても続くし、一応間隔みておこうかということになった。
痛みの間隔は10分を切っていた。ゆっくりご飯を食べて、これ本当に陣痛だったら、助産師さんたち来るのにみんなニンニク臭いね、なんて笑いながら。

20時半過ぎ、念のためにと思ってシャワーを浴びていても
陣痛の波がくる。これは本当に産まれるかもと思うようになった。
そのときでまっすぐ立っているのは辛い状況。
寝室はベットはなく布団を敷いただけなので、
膝を立てて前屈みの格好ができるように椅子を買っておいたのだけど、
これが本当に役立った。
しげくんは水中出産用のプールを準備したり、
タオルや必要なものを2階の寝室に揃えてくれている。

21時過ぎ、助産師のDebbieとLacey到着。
この頃には腰を擦ってもらわないと辛いくらいの痛み。
陣痛の間隔は3分から5分ぐらいだった。

産まれました

そして、また一年。

ログインできてよかった…。

5月に入って娘は三歳になり、5月の末に息子が産まれました。

アメリカでは無痛分娩が主流。
もちろん断れるだろうけれど、やっぱり病院で産むとなると、
私と赤ちゃん以外の色んな人の都合に合わせる必要が出てくるだろうし、
今度は赤ちゃんが出てくるタイミングで迎えてあげたいという思いが強く、
自宅出産を選びました。

色々調べてみて分かったこと、アメリカには助産院がない、
でも自宅出産を介助してくれる助産師さんはいる。
こちらにきて知り合った日本人で自宅出産された方がいるというのも
大きな後押しでした。

検診は毎回家族で受けられて、
穏やかな雰囲気のなか、たっぷり一時間。
内診もなく、超音波検査も妊娠期間を通して1回のみ。
毎日娘と公園に遊びにいき、出産のその日まで、
なんの不安もない幸せな妊婦生活でした。
産まれた息子も穏やかな子。

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